ripple ring
大花カツヲ

 昼食の時間になり、黒羽はいつものように屋上にやってきた。
ドアを開けてざっと見渡すが天根はいないようだった。
 いつもなら教室までやってくるのに、屋上にも来ていないことに疑問を感じつつも、天根のことだからとすぐにその考えは消えていった。
 ドアを閉めると、建物の影に回り込んで壁際に座る。九月とは言え、天気のいい日中はまだわずかに残暑が残っている。
 初めは涼しくて気持ちいいが、しばらく日陰にいれば冷えてくるかな、などと思いながら黒羽は時間を潰していた。気付けば十分以上座っていたようで、少し肌寒くなった黒羽は立ち上がってズボンを軽く叩くと日の当たるフェンス側に移動した。
「ったく、あいつは何やってんだ…」
 愚痴を言いながら腰を下ろすと同時に、丁度正面にあったドアが勢いよく開いた。
「バネさん、お待たせっ」
「お、おう。遅かったな…ってか何だ、その格好は?」
 現れた天根は白の三角巾に白のエプロンといういでたちだったが、収まりの悪い髪の毛に三角巾の先は立ち上がり、エプロンの肩紐はずり落ちていた。
「3、4時間目が調理実習でさ…」
 と言いながら、天根は黒羽の隣に来ると、
「これ作ったんだ」
 そう言って座ると、弁当の袋からラップに包まれたカップケーキを取り出した。
「それで教室にも来なかったし遅れて来たんだな」
「ごめんね。片付けとかしてたから。これでも超ダッシュで来たんだけど…心配してくれたの?」
「まぁ、ちっとはな…」
 照れを隠すかのように黒羽は弁当を開け始めると、天根が手を突き出してきた。
「バネさん、これあげる」
 先程出したカップケーキを持っていた。
「はぁ?自分で食べるんじゃねぇの?」
「自分の分はもう食べてきた。これ、バネさんの分…」
 手を止めて天根を見れば、威張ったような、意地でも貰ってもらうぞと感じられるオーラが出ていて、黒羽はつい手を出していた。
「そうか…じゃ、もらっとくよ」
 貰ったカップケーキを脇に置いて、弁当に取り掛かろうとするが、何故か視線を感じて横目で天根を窺った。
 予想通り、天根と目が合う。
「何だよ、ダビデ!」
「バネさん、今食べて」
「あ?ご飯の後のおやつじゃねぇの?」
「バネさんのために作ったから、早く感想聞きたい」
 天根は黒羽から目を離さずに言った。
 視線に耐えられなくなった黒羽はわずかに目をそらしながら、別に頑固になるほどのものじゃないなと諦めて、脇へ置いてあったカップケーキを手元に持ってきた。
 目を輝かせながら見ている天根の前で、黒羽はラップを開いて口へ持っていき一口かじる。
「どう?おいしい?」
 聞いてくる天根を無視して口を動かしている黒羽は、残りのカップケーキを一気に押し込んだ。
 食べている間、一言も口を開かず、噛み終わって飲み込むと、お茶を何口か飲んで一息ついた。
「まぁまぁなんじゃん」
 そう言って黒羽は再びお茶を飲んだ。
「よかった」
 天根はニコッと笑って黒羽から視線を外して自分の弁当に手を伸ばした。
 それを見た黒羽もホッとして弁当を食べようとする。と天根が喋り始めた。
 まだ続くのかと、少しうんざりして天根の方を見れば、天根は顔を弁当に向けたままだった。
「今度の水曜、バネさんの誕生日じゃん。だからさ、今日、ケーキ作るって聞いて、せっかくだから俺が作ったの食べてもらおうと思って」
 言い終わって天根は照れたように笑った。
 今度は黒羽が視線を動かせなかった。
「…忘れてた…」
 ポツリと呟くと、その声に天根が振り向いた。
「バネさん、物忘れ早過ぎ。ってか、当日はもっと凄いことするから覚悟しといてよ!んで日曜日はみんなで海行こう!」
 最後の方になると、自分の言ったことに楽しくなったのか、片手を振り上げて黒羽の前に覆い被さった。
「ダビデ、ウゼェよ」
 一瞬、気が抜けていた黒羽も天根の勢いにいつもの調子を戻すと、目の前の天根を改めて見た。
「ってか、ダビデ。いい加減それ取ったらどうだ?笑えねぇぞ」
「へっ?」
 今まで外すのを忘れていたエプロンと三角巾を指摘されて、天根は慌てて脱ぐと、手に持ったそれを見て、
「これバネさん着たら似合うんじゃん?」
 と言うと、エプロンを広げて巻き付けようと腰に抱きついた。
 呆気にとられていた黒羽も、抱きつかれた条件反射で天根の頭をどついた。
「ダビデ、てめぇ。何バカなこと言ってんだ!」
 頭を抱えた天根を無理矢理引き離すと、弁当に向き直った。
「とっとと、メシ食え!」
 着け損なったエプロンを渋々片付けると、天根も弁当を広げてようやく二人はお昼にありついた。




END



○大花女史から初ダビバネを頂きました!あまりの嬉しさに涙で前が見えません…ほんとにほんとにありがとう!しかしあれだけ『ダビバネは書けないよ!』と豪語していたのに、私が電話口で呪いのようにダビバネダビバネ言っていたのが効いたのか、はたまた気が向いたから書いたのか…(多分後者)そんなミステリアスなお嬢さんが大好きです。そしてオカワリお待ちしておりますv /睦月あじさい
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